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王のワイン、ワインの王、トカイ・エッセンシア(1)!

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王のワイン、ワインの王、トカイ・エッセンシア!

ブラームスが、ハンガリーのロマ音楽にもとづいて編曲したハンガリー舞曲集がある。最初は、四手用のピアノ曲として作曲されたものである。全部で21曲あり、それぞれの長さは1分程度のものから、4分程度のものまでとまちまちである。

ちょいとばかり評判がよく、楽譜もよく売れたらしい。作曲だけで、メシを食ったのはブラームスが先鞭を切ったものだ。そんななかでも、管弦楽用に別人によって再編曲された《第5番》がとりわけ有名である。ブラームスは、晩年、スイスのトゥーン湖畔に住み、お気に入りのレストランでトカイ・ワインを飲み、食事を楽しんでいたようだ。


ティサ川流域にある小さな町トカイと、そのトカイの町からボドロク川沿いの約40kmの丘陵地帯では、中世以来変わらぬ丘陵地帯のブドウ畑、農場などが広がり、地下に張りめぐらされた20以上のワインセラーが、まさに絵のように展開している。

2002年、ユネスコ・世界遺産にも登録されたそのトカイ・ヘジャリアの小さな町・トカイでは、12世紀ごろからといわず、先史時代から、ワインづくりがおこなわれていたという世界的な名産地だ。それにつけ、トカイでは、1700年ごろには、すでにブドウ畑の格づけ(1級、2級、その他)がなされていたということは、おどろきだ。

18世紀初頭、トカイ地方がハプスブルグ帝国領であったころ、トランシルバニア公が贈った「トカイ・エッセンシア」を、あの太陽王・ルイ14世がその芳醇な香りと、得もいわれぬ甘味を賞して、
「王のワインにして、ワインの王である」
と絶賛し、トカイの名を一躍有名にしたことは、よく知られている。

アリコール度数が意外と低く、はちみつのようにとろりとして濃厚、おどろくほどの甘み。ワインは数百年の寿命をたもち、瀕死の病人をもよみがえらせるというおそるべき秘薬でもあった。それは、ハプスブルグ家はもちろん、ロシア皇帝なども愛飲し、滋養強壮剤としての役割を果たしたようだ。とりわけ、女帝マリア・テレジアは美容と健康のために、医者からすすめられ常飲していたようだ。

オスマントルコの侵略を受けた17世紀、住民たちはこの地・トカイから避難せざるを得なくなった。村を離れているその間に、ブドウの収穫期を過ぎてしまい、霧によって収穫されずに残っていたブドウにカビがつき、腐りはじめていたのだ。村人たちは、そのブドウでワインをつくったところ、濃厚で甘い蜜のようなワインになった。世界で初めての貴腐ワインの誕生である。

カビの一種であるボトリティス・ シネレア菌がつき、水分が無くなり、甘さが凝縮された結果である。これは特定の地区でしか発生しない上に、ブドウにつく時期など、貴腐という現象はいろいろな条件が重なって、はじめて起きるものだ。トカイ地方の地質は火山性土壌で岩が多く、農耕には適さないものの、ブドウ栽培には理想的とされる。

さらには、東西北方向がカルパチア山脈によって囲まれているため、ワイン生産地としては北限に位置しているにもかかわらず、厳冬期が遅く、秋は暖かい日が長く続き、夜間は10℃前後まで冷え込む。

太陽が昇り気温が上がると、水蒸気が立ち上がり、ブドウ畑を包み込む深い霧が発生する。この霧は丘の上に徐々に昇っていき、やがてブドウ畑全体を包み込むようになる。とりわけティサ川とボドロク川の合流する一帯は理想的で、この霧のおかげで、ブドウ表面にボトリチス菌が繁殖し、ブドウの皮に小さな穴を開ける。

この菌は、昼になって気温が上昇すると死滅するものの、午前中の数時間は生き続け、ブドウの皮質を介して果汁を濃縮し、糖度を高める。これが、貴腐、と呼ばれ特別なワインが生まれるわけだ。そんな高貴ともいえるワインを、トカイの人たちは、300年にもわたって、高い品質と、厳しい管理のもとで改良を重ねてきた。トカイ・ワインの生産は、まさに伝統的文化そのものなのである。

しかし、1917年のロシア革命以降、トカイ・ワインはブレンドと量産政策で、品質が落ち、愛好家の幻の酒になっていたのだ。

トカイ・エッセンシア (Tokaji Eszencia) を頂点とした貴腐ワインは、世界的なブランドの一つとして知られている。それは、よく知られるところでは、ボルドーのソーテルヌ、南ドイツのトロッケンベーレアウスレーゼとともに、世界三大貴腐ワインでもある。

貴腐化したブドウのみをつかい、圧搾機にかけずに、ブドウの重みだけで搾り出された果汁のみを、自然発酵させたものである。グラスで普通のワインのように飲むと、高い糖分のために血糖値を瞬間的に高くするので、専用のサジで「一口だけ」が推奨される飲用法である。

アスーの規格改正で生まれた「アスー・エッセンシア」と区別するために、「ナチュラル・エッセンシア」というラベルで販売されていることもある。できない年もあり、できる年でも、1ヘクタールでやっと500ml、2本のエッセンシアができるほど、大変貴重なものである。

1600年のエッセンシアが存在するなどの噂もあって、ワインのなかでも、もっとも熟成に耐えうるワインといわれている。それに、地球上でトカイだけが、唯一貴腐ブドウ100%である。そんなブドウだけに、醗酵させるには糖分が多すぎるので、特別仕込みの酵母をつかい、何十年もかけて醗酵させるのだ。

トカイには、極上格づけ「ミュージアム」があり、ハンガリー財務省直轄のワインセラーで保存され、商品というより、もう文化遺産というべきもの。残念だが、現在ではとても入手は不可能なようだ。



しかし、その最高級ブランドの一つとして評判が高まるにつれ、そのトカイの名称をめぐって、紛争の火種にもなった。アルザス地方では、「トカイ・アルザシアン」の名称で16世紀から生産しており、トカイは後発である、という歴史をタテに、19世紀以来おっぴらに展開し、商標としての名称使用を続けてきた。

20世紀に入るとすぐ、両国政府の歩み寄りにより「ハンガリー産ブランデーの商標に『コニャック』を用いない代わりに、フランス国内での『トカイ』も段階的に放棄する」という主旨の合意が1926年に取り交わされた。が、その後の国際情勢の緊迫と、東西
冷戦が、合意の実現を実に80年も遅らせることになってしまった。

しかし、まさしく冷戦の雪どけは、1990年にはじまった。ワイン評論家として著名なヒュー・ジョンソンと、その仲間たちがトカイの小規模生産者と共同で、ロイヤル・トカイ・ワイン・カンパニーを設立。時代の要請もあり、従来の酸化熟成したタイプのワインじゃなく、果実味豊かで、フレッシュなトカイ・ワインを目指した。その例にならってか、サントリーをはじめ世界各国の多くの企業が、あらたにトカイ地域で資本参入している。

ハンガリーが2004年、EUに加盟したことによって、トカイの商標問題は急展開をみせ、法的にもブランドの商標独占権が確認された。ついで、2008年10月に調印されたトカイ・ワインの商標規約の発効によって、トカイ・ワインはハンガリーのトカイ・ヘジャリア地方で生産されたもののみ、という明確な規定が確認された。ここにおいて、ハンガリーにとっては、18世紀以来の請願が実ったというわけだ。

それにまた、トカイ・ワイン地区の北端はスロヴァキアの国境と接しており、そのスロヴァキア側でつくられた貴腐ワインもトカイと表記することが許された。

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