シェリーは、最高に複雑な飲み物の一つなんだ!(1)

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シェリーについては、どうにも困ったことに、貧乏くさいイメージしか思い浮かばない。というのも、むかしよく読んだジョン・ル・カレをはじめとしたイギリスのスパイ小説の押しつけられたそんなイメージが残っているせいなのかも。登場人物がつねに隠し持っていたり、打ち合わせ会などでふるまう酒、それも哀しいことに本家スペイン産じゃなく、南アフリカとかオーストラリア産の安価なシェリーなのだ。

イギリスは、各国のワインをさまざまな事例をとおして、世界中にワインをひろめ、発展させ、紹介してきた。それは研究書はもちろんのこと、シェイクスピアをはじめ多くの古今著名作家が日常の楽しみであれ、気の向くまま書きつづり、ワインを紹介してきたものだ。

そんなシェリー(Sherry)のふるさとは、スペイン南部・アンダルシア地方だ。カディス県のヘレス・デ・ラ・フロンテーラの町を中心に、その周辺地区から産出される酒精強化ワインである。その地は、前々からヨーロッパの人たちにとって、異国情緒あふれる魅惑的な地方でありつづけていた。

それを、さらに決定づけさせたのは、19世紀の最高傑作オペラ・コミックである「カルメン」だった。
「わたしは自由に生まれて、自由に死ぬの」
と、その言葉どおり、それは自由奔放でいて、情熱的、フラメンコを踊るかの女、カルメンにまさしく象徴されていた。ごく一般的には、オペラ・カルメン、それ自体がスペイン風と思われているようだが、原作者のメリメ、作曲者・ビゼーともども、フランス人であって、一度もスペインに行ったことはなく、かれらのイメージで描いたスペインということになるわけだが…

そんなアンダルシア地方は、まさに典型的な地中海性気候で、夏は太陽が強烈に照りつけ、過酷ともいえる乾燥地帯だ。土地は荒れ、人々は貧しかった。ジプシーたちは憂さを晴らすためか、場末の酒場に入りびたり、強い白ワインをあおるという日常だった。そんなかれらにとっては、まさしくフラメンコはうってつけだったのだ。歌と踊りは、かれらの生活の一部だったのだ。それに、そんなかれらが飲んでいたその白ワインこそ、ヘレス・ワインであって、そしてシェリーでもあった。

すっきりした喉ごしは、食事をキワだててくれるし、さらには飲み飽きしないところが魅力でもある。辛口から極甘口までと、いろんなタイプがある。それに、天日干しをしたり、酸化熟成させたり、糖分を濃縮させて圧搾するなどと、ベースとなる白ワインつくりもさまざまである。

そのむかし、エル・ドラゴ(悪魔の権化)と異名をとった海賊フランシス・ドレイクが、にっくきスペインの、それもヘレス沿岸地域の酒樽をおもいのまま強奪して、イギリスに遁走した。その地酒が皮肉にも、人気をはくしたのである。

その後、いろいろあって、ナポレオン軍のスペイン侵攻を最強国・イギリスがその進軍をくいとめてはくれたものの、スペインにとっては、じつにありがたくない状況が起こりつつあった。もともと商売気のうすいアンダルシア地方の人たちに代わって、イギリス、とりわけ限定すればイングランドのワイン仲買人たちが、直接生産から販売、あげくは輸出業務までおさえてしまったのだ。

もうそこには、あの大航海時代の先陣を切ったスペインの面影すらなかった。それは、イギリス商人にのっとられた隣国・ポルトガルのポートワインと、まさしく同じ状況が、そこにあった。そして、あらゆる権利を押さえ、商人たちはイギリス本国にも持ちかえり、英語名シェリーという呼び名で、イギリス経由で世界に売り出したのである。

その名称は、「航海条例」なるもが15世紀ごろから存在し、「イングランドに輸入されるワインなどの貿易品の運搬がイングランド船籍にのみ許される』という内容だった。そのため、シェリーをはじめとして、産出国でいいなわされている名前じゃなく、英語風に変えられていった。たとえば、ボルドーをクラレットと呼ぶのも、それだ。

イギリスはスコットランドを併合して、大ブリテン王国が成立。そのスコットランドに麦芽税なるものを施行した。このため小規模業者や、密造者はその作業のしやすさから、大麦麦芽だけで蒸留し、それを乾燥させるため、その燃料を手ぢかにあったピートをつかい、熟成樽は空のシェリー樽をつかった。そう、これがいわゆるモルト・ウイスキーとなった。それにつけても、
「シェリーの本当の目的は、シェリー樽をつくり出すこと。シェリー酒は、いわば副産物」
と、スコッチ・ファンに皮肉られるほど、そっぽを向かれていると聞くが、真偽のほどはどうだろう。



そのヘレスのブドウ栽培の歴史は古く、およそ3000年におよぶとされている。13世紀ごろ発祥のシェリー。その地をおおう白い土壌はアルパリサと呼ばれ、石灰質、砂質と粘土質が加わっており、冬場にまとまって降る雨をしっかりと貯めこみ、夏場の乾燥時にブドウ樹に水分をあたえるという保湿性に優れている。

それと、シェリーの多くは、あまり上質とはいえないバロミノ種からつくられるが、ことヘレスでは、高品質ワインを生む。それは、ブドウ品種全般は、比較的石灰質を好む傾向にあるし、またシェリー独特の醸造・熟成方法も手伝っている。

ほかに認定されている品種はといえば、甘口タイプのシェリーの原料となるペドロ・ヒメネスと、モスカテルの2種だ。ちなみに、バロミノという呼び名は、レコンキスタ(国土回復運動)で活躍したある兵士の名前であって、ペドロ・ヒメネスも同じように、カルロス5世につかえたドイツ人傭兵の名に由来している。

★ 参考図書;「シェリー、ポート、マデイラの本」著作: 明比 淑子
★      「シェリー酒」著作:中瀬 航也 PHPエル新書刊

♪ グールド、モーツアルトのピアノ・ソナタを弾く ♪

愛聴盤だ。テンポはいちじるしく遅く、また逆に非常に速いなどユニークそのもの。強弱やフレージングも、非常に独特。ここまで思い切った解釈をしているグールドの演奏は、ほかとは一味も二味もことなるモーツァルトを聴かせてくれる。 いつ聞いても新鮮で、斬新さと、普遍性がこんなにマッチしている音楽はない。

このCDには、8、10、11、14、16の5曲。どれもこれもいい。スマートな演奏だ。ピンと張りつめられていて、まったくにごりのない澄んだ魅力的な音色である。それから、テンポのあつかいの面白さ。たとえば8番はかなり速く、第11番《トルコ行進曲付》は恐ろしく遅いのだが、いずれもじつに洗練されている。

テンポの速度に関わらず、まさにいま音楽が生まれている臨場感がある。14番は、両端楽章においては、わりと正攻法というかオーソドックスなテンポ設定をしている。弾力に富んだ明敏な音色も、もちろんいきている。2楽章はテンポをぐっと落とし、間が長い。それでいて緊張感がある。音のひとつひとつに表情があって雄弁でいて、そのくせ冷やかな情感にあふれている。終楽章は、装飾音を大胆につかっている。こんなにいきいきとしたモーツァルトの演奏は、多くはない。

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